2026年05月31日

VIVAふかがわ第231回放送(2026年5月)話題その1「留萌本線ラストランを歌にのせて」

 5月9日(土曜日)、深川輝人工房のラジオ番組「VIVAふかがわ」(留萌・FMもえる)の放送を行いました。その中からいくつか話題を紹介します。
※今月は2本の記事に分けて紹介します。

※番組音声をポッドキャストにより「聴き逃し配信」しています。以下のリンクからお聴きください。
「VIVA深川5月9日放送回」【FMもえるメンバーズクラブ配信】
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 話題その1は「留萌本線ラストランを歌にのせて」をお送りしました。

5月9日の留萌スタジオの写真 今月は、深川市で作曲活動をされている平野武行さんをゲストに迎えて、3月・4月に引き続き、留萌本線ラストランの話題をお送りしました(写真)。

 留萌本線は、2016年に増毛ー留萌間、2023年に留萌ー石狩沼田間が廃止され、そして今年3月31日をもって石狩沼田ー深川間が廃止となり、全線廃止となりました。

 平野さんは、この留萌本線の歩みに合わせるように楽曲「ああ増毛鉄路物語」「留萌本線いつまでも」「ラストラン留萌本線」を制作してきました。昨年5月10日の放送(その時の当ブログ記事)でこれらの曲を紹介しましたが、「ラストラン留萌本線」については歌詞にラストラン当日の情景が盛り込まれていたため、平野さんのご意向でメロディーのみを紹介し「歌入りはラストラン後に」とお約束していました。

 今回は、その約束を果たすため、改めて平野さんに留萌のスタジオにお越しいただきました。

 平野さんは3月31日のラストラン当日、午前と夜の2回、深川ー石狩沼田間を往復されたそうです。平野さんは「この曲を作ったこともあり、最後をしっかり見届けたいと思いました。実際に乗車してみると、本当に驚くほど多くの人が集まっていました。深川でこれほどの人出を見ることは、もう二度とないのではないかと思うほどでした」と振り返りました。

 当日の石狩沼田駅21時台発の最終列車は3両編成でしたが、車内は超満員。報道によると約660人が乗車したとされ、多くの鉄道ファンや沿線住民が最後の姿を見届けました。

 平野さんは、その理由について「留萌本線は116年もの長い間、沿線地域とともに歩んできた路線です。その歴史への愛着が、多くの人々の心を動かしたのではないでしょうか。また、JR北海道が単独では維持困難とした赤字路線の中で、最後に廃止された路線が留萌本線だったことも、多くの鉄道ファンを引きつけた要因だったのではないでしょうか」と話しました。

 北海道新聞社から2月に発売された写真集「増補版 留萌線の記憶」の著者である写真家の番匠克久さんが、北海道新聞深川支局の記者のインタビューに答えている記事が、3月28日付の北海道新聞中・北空知版に掲載されていました。番匠さんは留萌本線について「風光明媚な名所があるわけでもなく、目立つ列車が走っていたわけでもない。どちらかといえば地味な路線でした」と答えていました。ともぴーは「北海道内で観光列車が走っている釧網線はその代表格と思いますが、観光で脚光を浴びることができる路線とは、また違う雰囲気が留萌本線にはあったと言えます」と付け加えました。
※参考:『水田のど真ん中を走る姿は絶景だった− 留萌線廃線まであと3日 写真家が語る「地味な鉄路」への愛』(北海道新聞ホームページへリンク、3月27日付)

 しかし、その「地味さ」こそが地域の日常を支えてきた証でもあります。特に最後まで残った石狩沼田ー深川間は、地域住民の生活を支える路線として親しまれてきました。平野さんも「沿線の皆さんと苦楽をともにしてきた愛着ある路線だった」と振り返りました。

 また、ラストランに向けて、石狩沼田駅などでは、多くの記念グッズも販売されていました。くらっちは自分で買ってきた、惜鉄訪問証、駅名標マグネット、御朱印風の駅印カード、記念温泉タオル、記念乗車券風の硬券などをスタジオで紹介してくれました。そして、くらっちは当日「沼田吹ガールズ」のメンバーとして列車の見送り演奏に参加していましたが、その参加者に配付されたカイロには、吹ガールズ団長手作りの駅名標風の名札が付いていたとのことでした。

 19時台も話題その1「留萌本線ラストランを歌にのせて」の続きをお送りしました。

 話題は平野さんの曲「ラストラン留萌本線」に移っていきました。昨年5月に番組に出演された際、その曲のメロディーを少し流していますが、歌詞にラストランの情景を思い浮かべて書いているということで「実際にラストランを見た後でないと」という平野さんの意向で、歌入りの曲を流すのは来年へ持ち越しということでした。しかし、今年の1月5日付の北海道新聞空知版に平野さんの曲に関する新聞記事が掲載され、実はラストラン前に歌詞が分かってしまったというオチもありました。
※参考:『留萌線の思い出永久に 深川・平野さん、シリーズ3作目CD 歌詞に歴史や情景「廃線後も走り続けてくれる」』(北海道新聞ホームページへリンク、1月4日付)

 平野さんに曲に込めた思いについてお聞きしたところ、留萌本線の廃止に向けて、深川東高校の生徒たちがラストラン計画を作ったという話を聞いて「これまで2曲作ってきた以上、3曲目も作らなければならない」と考えたそうです。平野さんは「1日に1曲か2曲作りながら(メロディーを)17曲作って、編曲でお世話になっている厚岸町の三浦美明さんに届けましたが、三浦さんはもう本当にプロ級の方なので、なかなか合格点をいただけなかった。それで、最後は三浦さんが作ると言っていただいて完成したのがこのメロディーです。編曲を三浦美明さんで、作曲は一応2人の連名で、三浦さんと私という形で表記をさせていただきました」と苦労話を披露してくれました。

 その曲で、平野さんが特に気に留めてほしいと話していたのは3番の歌詞で、石狩沼田・秩父別・深川の名前を盛り込み、ラストランの瞬間が表現されています。平野さんは、列車をランナーに例えて「最後はやっぱりランナー、マラソンでいえばゴールを切るということですから、そのゴールのテープを切った瞬間に涙があふれて、もういよいよこれでお別れ」と歌詞に込めた思いを語りました。

 歌入りの曲をフルで流した後、ともぴーが平野さんに「この目でその瞬間を確かめたと思いますが、歌詞に込めた思いはその通りだったと思いましたか」とお聞きしたところ、「(最終列車は)もうぎゅうぎゅう詰めでしたので、そこまでの気持ちになれなかったかもしれませんが、思いの通りだったと思います」と話していました。

 そして、平野さんは、この曲を島村楽器のオーディションに応募しました。先に紹介した1月5日付の北海道新聞記事に出ていた、オーディションの講評では「詩的な言葉と情景描写を通じ、留萌線と地域への深い愛情が丁寧に描かれており、単なる鉄道の歌を超えて『地域の記憶』や『日本のローカル線文化』、さらに『人々の人生』とも重なる奥行きのある作品に仕上がっている。」と高く評価されたそうです。ともぴーは「作曲活動冥利に尽きる、この留萌本線の歌だったのではないか」と感想を話しました。

 留萌本線の廃止は「VIVAふかがわ」でも、力を入れて取り上げてきた話題だったので、いざ終わると感慨深いです。そして、留萌本線があった歴史を後世に伝えていくことが大事ではないかと思います。平野さんは曲の1番で「鉄路の歴史 胸に刻んだ 思いは永久(とわ)に 消える事なく 線路は続く」と歌っています。「皆さんの心の中で線路を走り続けていただきたいと、本当に切なる思い」を歌詞にしましたと語っています。深川、北空知、留萌、増毛を結んできた鉄道の歴史は、地域の財産です。これからも人の交流や観光、地域同士のつながりを大切にしながら、その記憶を次の世代へ伝えていくことが求められていると言えます。私たち「VIVAふかがわ」も引き続き、その一翼を担っていきたいと思います。

 その2に続きます。

【2026年6月7日追記】記事その2へのリンクを追加しました。
posted by ともぴー at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 2026VIVAふかがわ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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